So-net無料ブログ作成
検索選択
三題噺 ブログトップ

ssh119 ヤンキー先生と民間人校長と矢ガモ(4) [三題噺]

<2007>

 実は、私の勤務する県にも、鳴り物入りで採用されたお二方の民間人校長がおります。
 ただ、その評価は結構対照的なようです。

 考えてみれば、民間人出身なら必ず学校運営がうまくいくなんて、そんなことあるハズもないでしょう。全国的に見ても、民間人校長の評価は、まったく個々バラバラなようです。
 つまり、いい人はいいし、そうじゃない人はそうじゃない。うんと評価される人もいれば、任期中途でケツまくっちゃった人もいます。
 名選手、必ずしも名監督ならず。民間人校長、必ずしも名校長にあらず。

 当たり前です。
 どんな仕事だって、元○○なら必ずいい××になれるなんて、そんな甘いもんじゃないです。

 私はssh115で、ヤンキー先生が10年20年と現場で教員を続けて、なおかつヤンキー先生と呼ばれるものだろうかと書きました。 
 ssh116では、矢ガモは矢が抜けたら誰にも注目も同情もされないというコメントを紹介しました。
 ssh118では、私はこう断言しました。
 「民間人校長は民間人ではありません。民間人校長は校長先生です。」

続きを読む


nice!(1)  コメント(0) 

ssh118 ヤンキー先生と民間人校長と矢ガモ(3) [三題噺]

<2007>

 さて、残るは民間人校長のお話。
 
 しっかし、民間人校長って、それにしても珍奇な名称ですな。
 イラク戦争のニュースで、民間人に死者が出たという報道が(切ないことに)よくされますが、教員は民間人じゃないんだ。じゃあ戦闘員?
 民間人校長って、戦争に参加しない校長先生?
 と、もちろんこれは冗談。

 民間人校長の民間人ってのは、非公務員ってこと。
 公務員以外のお仕事から転身というか転職した方のこと。
 今のところ民間人校長は会社員や実業家からの転職組ばっかりだけど、リクツの上では、スポーツ選手や農業・漁業や職人タレントからの転職もありうる。

 ただし。
 民間人校長は、民間人ではありません。

続きを読む


nice!(1)  コメント(0) 

ssh116 ヤンキー先生と民間人校長と矢ガモ(2) [三題噺]

<2007>

 若い人なら誰も知らない「矢ガモ」事件。
 90年代に東京で見つかって話題になった、ボウガン(ライフルみたいなカッコした強力な弓矢)の矢が刺さったまま都内をうろちょろしていたカモのことです。
 この少し前にカルガモブームってのがありました。カルガモの親子が車道をとっとこ一列縦隊で行進してるのが、連日テレビで流されてました。

 この矢ガモ、当たりどころが良かったと言うか半端だったと言うか、矢が刺さったままで結構ちゃんと活動していたらしいです。空は飛べなかったような記憶がありますが。
 
 一般的なテレビのコメントは、まあ以下のような(ありきたりの)もの。
 「残酷なことをする」
 「非常識だ」
 「動物愛護の精神に反する」
 「近頃頻発している猟奇的な事件にも通じるものがある」(今でも使えそうなコメントですな)

 で、この時ひとり、冴えたコメントをしていたのがビートたけし
 「けどさあ、矢ガモって矢が刺さってるから矢ガモなんだよな。もし矢が刺さってなけりゃただのカモで、誰も注目も同情もしないじゃん。」

 話はここからさらに、主題たる「民間人校長」へと続きます。

 さて、ここで問題。
 ssh115&116の内容からして、私は「民間人校長」をどう論じるつもりでしょうか?

nice!(1)  コメント(0) 

ssh115 ヤンキー先生と民間人校長と矢ガモ(1) [三題噺]

<2007>

 いやあ、参議院選の立候補を受諾しちゃいましたねえ、義家弘介サン。
 某全国紙の投書欄には、この件をもって教育再生会議の中立性は信用できないという旨の投書が載ってました。与党の立候補要請を受諾するような人をメンバーに選んでたなんて、ハナっから出来レースじゃねえかっていうご指摘ですね。ま、そう言われても仕方ないわな。

 ところで、「ヤンキー先生」って、元ヤンキーの先生って意味ですよね。義家サンはもう現職の教員じゃないから、正確には「元ヤンキー先生」か。
 もしめでたく参議院選に当選したら、ヤンキー→先生→教育再生会議委員→参議院議員ってことで、長〜い肩書きになっちゃいますな。
 あ、議員サンも「センセー」って呼ばれるじゃん。
 じゃあ、当選したら、今度こそ正真正銘の「ヤンキーセンセー」だ。

 って、ふざけてる場合じゃない。
 
 今、仮に、どこぞの学校に元ヤンキーの先生がいたとしましょう。
 最初のうちは、物珍しさやら若さやらで「わが校のヤンキー先生」なんて呼ばれる可能性大です。
 しかし、その人がその後も(例えばタレントや議員なんぞに転身することもなく)10年とか20年とか、地道に現場勤めを続けたとしましょう。
 
 その人は、それでも「ヤンキー先生」って呼ばれるのでしょうか?
 話はここから「民間人校長」と「矢ガモ」へと発展します。以下次号。
 (なお、「矢ガモ」というのは、1990年代に話題になった、ボウガンの矢が刺さったまま都会をうろちょろしていたカモのことです。)

nice!(2)  コメント(0) 

ssh1029 中耳炎と抗生物質と「みんな同じ」幻想(4) [三題噺]

 小6か中1くらいのころ、伯父宅にあった『科学パズル』なる本に、こんな問題が載ってました。

◆◆◆  ある人が、次のような相談をしてきました。  「私には、赤色と青色が反対に見えているような気がして仕方がありません。例えば郵便ポストは赤いのですが、私の目には、どうしても他の人のいう青色に映っているような気がするのです。しかし私がポストの絵をクレヨンで書くとします。すると私はポストと同じ色として自分の目に映っているクレヨン、すなわち赤色のクレヨンを選んで絵を描きます。私の目に青色に映っていたとしても、出来上がるポストの絵は赤く塗られるため、何の違いもおきません。また、私はポストの色を赤色、空の色を青色と教えられてきていますから、言葉の上でも私は他人とまったく同じで正常ということになってしまいます。  果たして私の目に写っている赤色と青色は、本当に他の人たちの目に映っている赤色や青色とは違わないのでしょうか。」  この人の言っていることを確認する方法はあるでしょうか?◆◆◆
 この問題、私には大変衝撃的なものでした。
 正解は「確認のしようがないし、する必要もない」というものでした。
 要するに、この人は社会生活上何の問題も起こさないのです。
 仮にこの人の目に本当に赤と青がまったく逆に写っていたとしても、何のトラブルもありません。

 しかし、これは裏返すと、私の目に映っている色と、他人の目に映っている色が、まったく同じという保証は、どこにもないということでもあります。

続きを読む


ssh1028 中耳炎と抗生物質と「みんな同じ」幻想(3) [三題噺]

 私、昨年(注:2007年)の秋に、ヘリコバクターピロリことピロリ菌への感染が明らかになりまして、除菌治療というのを行いました。この時処方されたのがランサップ800というもので、2種類の抗生剤と1種類の胃薬がセットになった、なかなかにご大層な代物でした。これを1日2回、1週間連続で服用します。わー大変。
 除菌というと洗剤か消臭剤みたいですが、体内の菌を除菌するというのはそんな生易しいものじゃありません。1匹でも残っていれば、菌は再び増殖します。
 除菌するには、皆殺しあるのみ。中途半端な攻撃は禁物、集中砲火を切れ目なく立て続けに浴びせて、1匹残らず確実にトドメをさします。
 ランサップ800が2種類の抗生剤を用いるのは、全滅させるための集中砲火です。1種類では死なないしぶとい菌も、2種類同時攻撃には耐えられません。1週間連続服用するのは、切れ目なく立て続けに攻撃して、息を吹き返すヒマを与えないためでしょう。

 私の除菌治療にあたって、担当医が私に注意したのが、絶対に勝手に服用をやめたり回数や量を減らしたりしないということでした。

続きを読む


ssh1027 中耳炎と抗生物質と「みんな同じ」幻想(2) [三題噺]

 抗生物質の実用化で、内科治療は革命的な進歩を遂げました。しかし、敵もさるもの。細菌の方も黙ってやられてはくれませんでした。
 害虫やネズミの駆除に殺虫剤や殺鼠剤をよく使いますが、それで相手が全滅するわけではありません。
クスリを食らっても生き残るタフな個体が少々います。
 その少々は、その子孫を作ります。タフな個体の遺伝子を受け継ぐ、タフな子孫です。こいつらは、ちっとやそっとのクスリではくたばりません。仕方なくもっと強い殺虫剤や殺鼠剤を使います。
 それでも、特にタフなヤツは生き残ります。その生き残りがタフな子孫を作って、と、イタチごっこになることもあります。強い農薬は弊害も多いですから、やたらとクスリばかりばらまいてもよくないことになります。

 抗生物質と細菌の関係は、上の例とは少々違うのですが、リクツは上の例みたいなものです。つまり、抗生物質が多用されるうちに、抗生物質に耐性を持つ菌が出てきてしまった。いわゆる耐性菌です。

続きを読む


ssh1026 中耳炎と抗生物質と「みんな同じ」幻想(1) [三題噺]

<ssh181〜4の連続記事加筆&再録> *初出2008年
 みなさん、カゼをひいた時、余計な症状を併発しませんか?
 私の場合、わりとよく中耳炎か副鼻腔炎になります。
 そうなると、抗生剤(抗生物質)で治療することになります。

 中耳炎とか副鼻腔炎(ちくのう)とか聞いて、「わ〜怖い!」と思う人は少数でしょうね。どちらも現代の先進国に暮らしている分には、大した病気じゃありません。町医者にかかってクスリをもらえば数日で回復します。
 しかし、かつては本当に怖い病気でした。 この日本でも、戦前は年間十万人以上の人が中耳炎で命を失っていました。中耳の炎症が悪化して、脳炎を起こしてしまって。
 当時、中耳炎を確実に治療する方法はありませんでした。中耳炎に限らず、体内に細菌が入って起こす炎症というのは、お手上げだったのです。

 体外なら、細菌を殺すことは難しくありません。加熱なり乾燥なり消毒薬なり、いろんな手があります。しかし、体内ではそうはいかない。当時の医療では、患者を痛めることなく体内の細菌を殺す方法はありませんでした。栄養を取って静養して、自然回復を祈るくらいしかできなかったわけです。
 ったって、貧しい人なら栄養も静養もムリでしょうし、ましてや子どもだったら、もうお祈りするくらいしかなかったでしょう。

 カゼは万病のもと、とよく言われます。カゼをこじらせて命を落とすというとき、すぐに思い浮かぶのは肺炎です。これは今でも怖い。特に乳幼児。
 しかし、それ以外にも、かなりの人が中耳炎のような感染症で亡くなっていたものと思われます。副鼻腔炎についてはよく調べてないのですが、たぶん悪化すれば命に関わったものと思われます。何せ首から上の感染症ですから。

続きを読む


三題噺 ブログトップ