So-net無料ブログ作成

ssh1029 中耳炎と抗生物質と「みんな同じ」幻想(4) [三題噺]

<2017>
<初出2008>

 小6か中1くらいのころ、伯父宅にあった『科学パズル』なる本に、こんな問題が載ってました。

◆◆◆
 ある人が、次のような相談をしてきました。
 「私には、赤色と青色が反対に見えているような気がして仕方がありません。例えば郵便ポストは赤いのですが、私の目には、どうしても他の人のいう青色に映っているような気がするのです。しかし私がポストの絵をクレヨンで書くとします。すると私はポストと同じ色として自分の目に映っているクレヨン、すなわち赤色のクレヨンを選んで絵を描きます。私の目に青色に映っていたとしても、出来上がるポストの絵は赤く塗られるため、何の違いもおきません。また、私はポストの色を赤色、空の色を青色と教えられてきていますから、言葉の上でも私は他人とまったく同じで正常ということになってしまいます。
 果たして私の目に写っている赤色と青色は、本当に他の人たちの目に映っている赤色や青色とは違わないのでしょうか。」
 この人の言っていることを確認する方法はあるでしょうか?◆◆◆

 この問題、私には大変衝撃的なものでした。
 正解は「確認のしようがないし、する必要もない」というものでした。
 要するに、この人は社会生活上何の問題も起こさないのです。
 仮にこの人の目に本当に赤と青がまったく逆に写っていたとしても、何のトラブルもありません。

 しかし、これは裏返すと、私の目に映っている色と、他人の目に映っている色が、まったく同じという保証は、どこにもないということでもあります。

続きを読む


ssh1028 中耳炎と抗生物質と「みんな同じ」幻想(3) [三題噺]

<2017>
<初出2008>

 私、昨年(注:2007年)の秋に、ヘリコバクターピロリことピロリ菌への感染が明らかになりまして、除菌治療というのを行いました。この時処方されたのがランサップ800というもので、2種類の抗生剤と1種類の胃薬がセットになった、なかなかにご大層な代物でした。これを1日2回、1週間連続で服用します。わー大変。
 除菌というと洗剤か消臭剤みたいですが、体内の菌を除菌するというのはそんな生易しいものじゃありません。1匹でも残っていれば、菌は再び増殖します。
 除菌するには、皆殺しあるのみ。中途半端な攻撃は禁物、集中砲火を切れ目なく立て続けに浴びせて、1匹残らず確実にトドメをさします。
 ランサップ800が2種類の抗生剤を用いるのは、全滅させるための集中砲火です。1種類では死なないしぶとい菌も、2種類同時攻撃には耐えられません。1週間連続服用するのは、切れ目なく立て続けに攻撃して、息を吹き返すヒマを与えないためでしょう。

 私の除菌治療にあたって、担当医が私に注意したのが、絶対に勝手に服用をやめたり回数や量を減らしたりしないということでした。

続きを読む


ssh1027 中耳炎と抗生物質と「みんな同じ」幻想(2) [三題噺]

<2017>
<初出2008>

 抗生物質の実用化で、内科治療は革命的な進歩を遂げました。しかし、敵もさるもの。細菌の方も黙ってやられてはくれませんでした。
 害虫やネズミの駆除に殺虫剤や殺鼠剤をよく使いますが、それで相手が全滅するわけではありません。
クスリを食らっても生き残るタフな個体が少々います。
 その少々は、その子孫を作ります。タフな個体の遺伝子を受け継ぐ、タフな子孫です。こいつらは、ちっとやそっとのクスリではくたばりません。仕方なくもっと強い殺虫剤や殺鼠剤を使います。
 それでも、特にタフなヤツは生き残ります。その生き残りがタフな子孫を作って、と、イタチごっこになることもあります。強い農薬は弊害も多いですから、やたらとクスリばかりばらまいてもよくないことになります。

 抗生物質と細菌の関係は、上の例とは少々違うのですが、リクツは上の例みたいなものです。つまり、抗生物質が多用されるうちに、抗生物質に耐性を持つ菌が出てきてしまった。いわゆる耐性菌です。

続きを読む


ssh1026 中耳炎と抗生物質と「みんな同じ」幻想(1) [三題噺]

<2017>
<ssh181〜4の連続記事加筆&再録>
*初出2008年

 みなさん、カゼをひいた時、余計な症状を併発しませんか?
 私の場合、わりとよく中耳炎か副鼻腔炎になります。
 そうなると、抗生剤(抗生物質)で治療することになります。

 中耳炎とか副鼻腔炎(ちくのう)とか聞いて、「わ〜怖い!」と思う人は少数でしょうね。どちらも現代の先進国に暮らしている分には、大した病気じゃありません。町医者にかかってクスリをもらえば数日で回復します。
 しかし、かつては本当に怖い病気でした。 この日本でも、戦前は年間十万人以上の人が中耳炎で命を失っていました。中耳の炎症が悪化して、脳炎を起こしてしまって。
 当時、中耳炎を確実に治療する方法はありませんでした。中耳炎に限らず、体内に細菌が入って起こす炎症というのは、お手上げだったのです。

 体外なら、細菌を殺すことは難しくありません。加熱なり乾燥なり消毒薬なり、いろんな手があります。しかし、体内ではそうはいかない。当時の医療では、患者を痛めることなく体内の細菌を殺す方法はありませんでした。栄養を取って静養して、自然回復を祈るくらいしかできなかったわけです。
 ったって、貧しい人なら栄養も静養もムリでしょうし、ましてや子どもだったら、もうお祈りするくらいしかなかったでしょう。

 カゼは万病のもと、とよく言われます。カゼをこじらせて命を落とすというとき、すぐに思い浮かぶのは肺炎です。これは今でも怖い。特に乳幼児。
 しかし、それ以外にも、かなりの人が中耳炎のような感染症で亡くなっていたものと思われます。副鼻腔炎についてはよく調べてないのですが、たぶん悪化すれば命に関わったものと思われます。何せ首から上の感染症ですから。

続きを読む


ssh724 ガンディーと職員会議といささかの勇気 [三題噺]

<2015>

 

 忘れっぽい(忘れさせっぽい)中央メディアはとっくに旧聞にしてしまっている、ドイツのメルケル首相の来日。

 日本の戦争責任問題に言葉を選びながらも忠告を与え、演説会場にわざわざ「話題の」朝日新聞社を選んだりと、彼女は日本の現状に相当な憂慮を持っていたのだということがシロウト目にも伺い知れました。中央メディアはそういう重要なメッセージを(たぶん意図的に)軽く扱っていましたが。

 

 そのメルケルが引用したマハトマ・ガンディーの言葉がこれ。

 「あなたのすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである。」

 

 でもこれ、何が言いたいのか全然わからないという人が多いんじゃないでしょうかね。特に安倍シンパの方々にとってはサンスクリット語でも読んでるような感じでしょう。

 

 

 話変わって、私shiraは話し合いというものが割と得意です。くだらない会議は嫌いですが、きちんと議論や意見交換のできる話し合いはけっこう好きです。

 sshには「話し合うことの意義と目的」というカテゴリーがあります。まだ記事は3本だけですが。(注:Ver.2.0では「話し合い・民主主義」と改名)

 

 なんでも東京都では、職員会議で挙手すること自体が御法度だそうで。東京は日本のピョンヤンですかいな。

 それに引き比べ、わが地元では職員会議では自由闊達な議論が許されています。闊達さが弊害になることもなくはないですが、現在は自由闊達な議論が学校長の最終決定の有効なバックアップとなっています。学校や生徒を良くすることが一番大切だということが共通認識されていれば、自由な議論はプラスになってもマイナスにはならないものです。東京みたいなところで教員にならなくて良かったなあと心底思いますね。

 

 私は職員会議でよく発言する人間です。

 根がおしゃべりということもありますが、理由はそれだけではありません。

 私がどうしても発言をせねばならないと思うとき。それは、重要なことを誰も言わないなと察したときです。

 

 私はいたって臆病な人間です。一見の店に一人で入ることは怖くてできません。旅行も怖い。初めての人と話すのは本当に苦手です。電話も苦手。今もって電話をかけるときはちょっとばかり勇気が必要です。

 会議というのは、その時々で妙な「空気」が発生します。どうでもいいようなテーマに滅多やたらと意見が続出するかと思えば、すごく重大な事案なのにシーンとしてしまうこともある。

 シーンとした空気の場で発言するのはすごく勇気が必要です。

 

 会議の場で何も言わず、会議が終わってからあれこれ言う人がいます。

 私はアレが大嫌いです。

 ものごとは「何」を言うかだけでなく、「いつ」言うのかも大切です。

 どんなに優れた意見であっても、言うべきタイミングを逸したら、価値はひどく落ちます。競馬の予想はレース前でなければ無価値、それに近い。

 

 今、この会議の場で、どうしても指摘しておかなければならないことがあるのに、誰もそれを言おうとしない。

 そういう時、私は、ちょっとばかり勇気を出して、それを指摘します。

 必ずそうします。イヤでも、元気がなくても、そうします。

 そうしなければ後悔するから。


 

続きを読む


nice!(1)  コメント(0) 

ssh719 成田と辺野古と高校再編 [三題噺]

<2015>

 

 旅行好きの兄が海外に行くたびにこぼすことがあります。

 「成田はダメだ。日本の窓口として全然貧弱だ。滑走路からして足りない。」

 

 まあでも、ムリもないです。

 成田空港は羽田空港のキャパ不足を解消すべく1960年代に計画がなされました。ところが用地買収からして難航、国は強引に用地を収奪し着工しましたが、これが火に油を注ぎ、大規模な反対闘争に発展しました。成田から遠くは慣れた私の大学にもこの闘争に参加経験のある先輩がいたくらいです。おかげで工事は遅れに遅れ、開港は 1978年にズレ込みました。

 開港後も反対闘争は続き、いくつかの事件が起きました。結局、過去の行為を国が正式に謝罪し、今後の工事は民主的な手続きで進めることとして、やっと第2期工事がスタートしました。

 そういう経緯なので、もはや国の都合で滑走路を延伸したり増やしたりの工事をガンガン進めることはできません。成田空港の整備が遅々として進まないのは、国がゴリ押ししたことのツケなんです。

 

 

 話は変わって、私の地元では、十余年前に高校再編という問題が起きました。

 少子化の影響で、県内の高校すべてをそのまま存続させることは難しいし合理的ではない。と、ここまでは誰もが納得していました。

 従って、地域校と呼ばれる小規模高校を抱える地区は、高校存続のためにどうすべきかを真剣に考えていました。

 ところが。

 改革派を自認する知事の下、教育委員会が突然、具体的な高校名を挙げて統廃合プランを発表したのです。


 

続きを読む


nice!(1)  コメント(0) 

ssh718 勇気・元気・感動〜いつからやり取りするものになった? [三題噺]

<2015>

 

 山田太一が朝日新聞のインタビュー記事で書いていたこと。

 みんなに勇気と感動を与えられるように頑張ります、と若いアスリートたちが口にする。最初はTV的な言葉をなぞって修辞的な物言いをしているのか思っていたが、どうも彼ら彼女らは本当にそういうつもりでそういう表現を言使っているらしいと。

 

 山田のファンである私は、授業の合間に生徒にちょっと聞いてみました。

 「あのさ、勇気って、出すもの?それとも、与えたりもらったりするもの?」

 一人一人の答えを聞いたわけじゃないですが、生徒の感覚からすると、勇気をもらうとか、勇気を与えるとかいうのは、いたって自然な物言いのようです。

 

 私の感覚はこんな感じ。

 「勇気を出す」「勇気が湧く」この2つは私としてはごく自然。

 「勇気を与える」は、不自然じゃないけど、割と修辞的。ちょっとデコレーションの効いた表現。

 「勇気をもらう」は日本語として非正規雇用の用法。キャッチコピー。わざと妙な言い回しをすることで面白みを狙った表現。

 

 同様の違和感を感じるのが、「元気にする」と「感動をありがとう」。

 元気って、するもんじゃなくて、出すもんじゃないっすか?

 感動って、ありがたがるもんじゃなくて、するもんじゃないっすか?


 

続きを読む


nice!(1)  コメント(0) 

ssh691 死刑と原発と防衛問題〜なぜ話は噛み合ないか [三題噺]

<2014>

 

 久々の三題噺はちょいと社会派っぽいタイトルです。

 

 かねてより宣言しておりますように、sshは我が国の死刑制度と原発に反対の立場を明確にしております。

 その論拠はssh478に記された通り。

 日本の司法制度と司法に関わる組織(警察・検察・裁判所)には死刑という極刑を安全に運営する力がない。

 日本の原子力運営に関わる組織(政府・行政官庁・電力会社・学会・その他原子力関係の諸組織)には、原子力という極めて強力でリスクの大きなエネルギーを扱うだけの責任能力がない。

 

 仮に死刑制度が真に必要な制度であったとしても、原子力エネルギーが真に必要なエネルギーであったとしても、今の日本にはそれを任せられる組織も制度も人材もない。

 それがssh的死刑原発反対論です。

 

 

 死刑制度は、日本では(ことに日本のネットでは)いつでもホットな話題になります。賛成論者と反対論者が熱気を持ってバトルに参戦してくる。

 でも、話はあまり噛み合いません。

 熱気があり過ぎてただの罵り合い、トークバトル(書き込みバトル)になっちまうというのが一因。

 しかし、噛み合ない主因は別の部分。

 

 死刑制度支持者が主張するのは、制度そのものの意義と、死刑制度の犯罪抑止力が中心。

 死刑制度反対者が主張するのは主に、世界の死刑廃止の流れと、冤罪の危険。

 

 噛み合ないのは、それぞれの後半部分。

 死刑支持者は、一般大衆の規範意識を疑っている。だから死刑という制度でブレーキをかけるべきだと。

 死刑反対者は、司法に関わる人間の能力を疑っている。冤罪は絶対に起こるから死刑は危険だと。

 「人間は過ちを犯す」ということを認めている点では同じですが、その視線の向かう先が違う。

 

 

 同じことは、原発問題にも言えます。


 

続きを読む


nice!(1)  コメント(0) 

ssh663 鼻血と君が代斉唱と英語学習の重要性(2) [三題噺]

<2014>

 

 自称愛国者は、実はミーハーである。彼らがわっと騒ぐと、政財界の利益に叶う方向で情報が流れにくくなる。てなことを書いたのがssh662です。(と、何気なく書いてますけど、自分の書いた文章であっても要約は意外とできないものですよ。本当に言いたい事をよく狙って書かれた文章って案外少ないものです。)

 

 そのシメとして書いたのが、「だからみなさん、英語を勉強しましょう。」

 私が英語の先生だからふざけて書いたわけじゃありません。

 もしかしたら、英語の勉強をすることのすごく重要なモチベーションとなるんじゃないかと考えているのですよ。


 ミーハーは、目立つもの、メジャーなもの、わかりやすいもの、みんなが見ているものにしか反応しません。

 目立たないもの、マイナーなもの、わかりにくいもの、少数の人しか見ていないものはスルー。

 中央紙の悪口は言っても(実はよく読んでなくても)、地方紙はチェックしていない。

 週刊誌の悪口は言っても、専門誌や総合誌はまったく触れていない。

 歴史教科書問題には騒ぐが、教科書そのものは読んでいない。と言うか、そもそも学生時代に教科書をきちんと読んでいない(ミーハーですから)

 Yahooニュースは見ていても、CNNなんか絶対見ていない。

 

 彼ら彼女らにとって、もっとも苦手なのは、恐らく外国語で書かれた情報です。


 

続きを読む


nice!(1)  コメント(0) 

ssh662 鼻血と君が代斉唱と英語学習の重要性(1) [三題噺]

<2014>

 

 『美味しんぼ 福島の真実編』がちょっとした物議を醸しています。

 私はオリジナルを全く見ていないのであまり大したことは言えないのですけど、ネットレベルのお話だと、福島を訪問した主人公の山岡が鼻血を出す一コマが特にやり玉に上がっているみたいです。どーせネットレベルの批判者も例によってオリジナルは読んでないでしょうけど。


 『美味しんぼ』は割とよく読んでいます。

 ただし、家には一冊もありません。ビッグコミックスピリッツに連載されたのが私が20歳くらいのときで、当時私はスピリッツを購読していたので自動的に読んでいました。

 数年前に腰を痛めて整形外科通いをしていた時、待合室に『美味しんぼ』単行本がズラリと揃えられていて、待ち時間にあらかた読んでしまいました。一緒に置いてあった『ゴルゴ13』とともに。

 

 あのマンガは割と珍妙なマンガです。物語とドキュメンタリーとアジテーションが入り交じっている。原作者の雁屋哲が取材した実在の人物のインタビューがほとんどそのまま使われていると思われるような部分がちょくちょく登場します。

 で、くだんのエピソードでも井戸川前双葉町町長への取材があったようで、劇中で福島には住まない方がいいという旨の発言がなされているらしく、これがまた物議のネタになっている。

 井戸川前町長は本当にひどい鼻血に悩まされているようですけど、もちろん放射線を浴びた人がみんながみんな鼻血を苛むわけでもありません。

 ただ、先日次男が観ていたDVDのハリウッド映画に、鼻血で被曝者であることがバレるというシーンがありました。してみると被曝=鼻血というのは、少なくともエンタメ界では「よくある話」として扱われているもののようです。安倍政権が読売新聞ともどもハリウッドに抗議したという話も聞きませんし。


 

続きを読む


nice!(1)  コメント(0)