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ssh1055 アレン・ネルソンは「Peace Is Fun」と言った [社会]

<ssh736再録>

 アレン・ネルソン氏について書きます。

 アレン・ネルソン氏はアメリカ海兵隊員としてベトナム戦争に従軍。帰国後PTSDに悩まされ、友人の勧めで小学校で従軍経験を講演。その際、小学生に「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」と問われ、深い沈黙の後Yesと解答、目を閉じたままのネルソンに小学生たちが共感のハグを次々と行いました。それ以降、彼は自身の経験を講演会で伝え続けました。特に日本には何度も訪れ、1200回以上の講演を行っています。2009年に癌で亡くなっていますが、原因はベトナムで触れた枯れ葉剤ではないかとされています。

 ネルソン氏は私の地元にも来訪しました。
 私は彼の講演を2回聞いています。

 彼の講演はお説教とは無縁です。事実を淡々と伝え、その上で自分の意見を述べます。
 本当の戦争にはヒーローもヒロインもいない、本当の軍隊は訓練で「Kill! Kill!」と叫ばされる。本当の軍人は敵を撃つとき頭部や心臓など小さく狙いにくい所など狙わず、一番当たりやすい上半身の真ん中を狙えと教えられる、命中すれば敵はもがき苦しんだ末に死んでいく、等々。

 ネルソン氏は日本国憲法を高く評価していました。世界中で「戦争を知らない子ども」が普通なのは日本だけである、その原動力が日本国憲法だと。


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ssh1052 競争主義者と議論することの不毛 [社会]

<ssh610再録>

 競争主義を主張する人と議論するのは、実に楽しくありません。不毛です。
 今回は、そのあたりを探ってみようと思います。


 私自身は、意見の異なる人と議論するのがけっこう好きです。意見の合う人と議論するよりずっと面白い。
 意見の異なる人との議論は、いろいろと新しい発見があります。自分が考えたことのない視点論点を教えてくれることもある。
 もちろん緊張感を伴いますから、あまり気楽には臨めません。でも、少しでも話がかみ合うと、ちょっと充実感があります。

 ところが。競争主義者との議論では、そういうことがありません。
 人をバカにしてくるというか、潰しにかかってくるというか。若者言葉で言えば「上から目線」。
 
 議論ってのは、相手の意見を一通り理解して、肯定できる部分は肯定し、否定すべき部分は否定していくのが本来の姿です。
 なのに、競争主義の人って、こっちの言うことをまず絶対に肯定しない。ほぼ全否定。
 それも、ちゃんと理路整然と攻めて来るわけじゃない。論点をそらしているだの、それは重要な問題ではないだの、そんな悠長なことは言ってられないだの、どこに証拠があるだのと、こちらの言うことを受け止めること自体を嫌がっているんですよ。
 言っちゃナンですけど、相手の意見を受け止めることに怯えているような感じすらする。
 なぜ?


 私の仮説はこういうもの。
 競争主義者は、競争すること自体が実はあまり好きではない。彼ら彼女らは、ただ勝者になること、勝者であること「だけ」を渇望している。
 故に彼ら彼女らは、目先の勝ちにこそ集中していて、それ以前の部分にはあまり関心がない。
 だから、自分の意見論拠が首尾一貫しているかどうかということには関心がない。とにかく勝てばいい。意見がコロコロ変わることを、特に恥だとは思わない。

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ssh1043 石原慎太郎は人間のクズだ [社会]

<ssh434再編 初出2011年>

◆◆大震災は「天罰」と石原知事 「津波で我欲洗い落とせ」(河北新報 3月14日)  東京都の石原慎太郎知事は14日、東日本大震災への国民の対応について記者団に問われ「我欲で縛られた政治もポピュリズムでやっている。それを一気に押し流す。津波をうまく利用して、我欲をやっぱり一回洗い落とす必要がある。やっぱり天罰だと思う。被災者の方々はかわいそうですよ」と述べた。
  知事は一連の発言の前に、持論を展開して「日本人のアイデンティティーは我欲になっちゃった。アメリカのアイデンティティーは自由。フランスは自由と博愛と平等だ。日本はそんなもんない。我欲だよ。物欲、金銭欲」と語っていた。
  同日、この後に開いた記者会見で「天罰」の意味について「日本に対する天罰だ」と釈明。「大きな反省の一つのよすがになるんじゃないか。それしなかったら犠牲者たちは浮かばれない」と話した。天罰について発言した際、「『被災された人は非常に耳障りな言葉に聞こえるかもしれないが』と言葉を添えた」としたが、実際には話していなかった。◆◆

 よくもこんな人非人に12年も都政を任せてくれましたね、東京都民のみなさん。
 私はハラワタが煮えくり返って完全に冷静さを失っています。
 この災害を、この時期に、自説を展開するためのオカズに使うんですね、この畜生野郎は。
 こういうのを「我欲」と言うのでしょう。
 人間のクズです。

 私は今、「殺意」を感じています。
 こんなに強く、一人の人間を「生かしておきたくない」と思ったことは記憶にない。
 今度という今度は、絶対に許せません。
 彼にこそ「天罰」を。

 まさかこんなケダモノにまた都知事をやらせるつもりじゃないでしょうね、都民のみなさん。

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ssh1039 オンナのコはいつ、なぜ誕生したか [社会]

初出2010年
 いきなり質問です。<オンナのコ>って、何歳までの女性のことですか?

 ア 6歳まで
 イ 12歳まで
 ウ 18歳まで
 エ 20歳まで
 オ 25歳くらいまで
 カ 20代まではセーフ
 キ 35歳までならOK
 ク 実年齢と関係なく、見た目や性格が<オンナのコ>っぽければ<オンナのコ>
 ケ オレより若い女は全部<オンナのコ>
 コ いくつになっても、女はみんな<オンナのコ>(Girls should be girls!)

 幼少期の私は典型的なテレビっ子でして(古いなあ、この言葉)、アニメや特撮ヒーローものやバラエティ(ドリフとか)ばかりでなく、歌番組や芸能番組やドラマや時代劇までよく見ていました。幼少期の記憶はなかなか忘れません。特にどうでもいいことはすごくよく覚えています。肝心なことはすぐ忘れるクセに。
 で、そのどうでもいいクセに忘れない記憶の一つが<オンナのコ>にまつわるものです。

 私がテレビっ子だった小学生時代は、<アイドル>と呼ばれる人たちが市民権を得はじめた頃でした。当時のトップアイドルと言えば男性は西城秀樹、女性は桜田淳子(山口百恵じゃありません。後に非常に成功するとはいえ、デビューしてしばらくは彼女は桜田淳子に次ぐ存在でした)。
 ある日『スター誕生』なるオーディション番組に彼女がゲストで出演しました。彼女はこの番組からデビューを果たしたからOGみたいなもんでした。で、彼女の出番の際、司会の萩本欽一がこう言いました。「桜田淳子ちゃんです!」
 この「ちゃん付け」が子供心にすごく違和感がありまして。小学生ならともかく、十代後半でお仕事も持ってる人に「ちゃん付け」はねえだろ、と。
 まあ、今じゃ世界で一二を争うほどのトップアスリート浅田真央すら「ちゃん付け」ですが。何で浅田選手と呼ばない。

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ssh1020 無関係で無責任で無知である者が一番声高になれる [社会]

<ssh598再録> *初出は2013年ころです。

 今回は、クレーマーの心理について考えてみたいと思います。
 モンスターペアレントとか、ネット界あるいは政財界に生息するやたらと他人を口汚くののしる人々も、クレーマーと同種とお考えください。

 なぜクレーマーはクレームに走るのか、という考察は省かせて頂きます。
 私がここで考えてみたいのは、
 クレーマーがクレームをつけるためには、どういう条件があった方が有利であるか
 であります。


 例えば、私が座っていた椅子が突然壊れて、私がケガをしたとします。
 私は誰にクレームをつけられるでしょうか。
 この椅子の素性によって、相手は違ってきます。
自分で設計して自分で組み立てた椅子の場合・・・これはどうしようもないです。自業自得。
自分で設計して他人に組み立ててもらった椅子の場合・・・設計に問題がなければ、組み立てた相手に文句が言えます。しかし設計に問題があれば、組み立てた人の責任とは言いにくい。クレームをつけられるかどうかは、慎重に考えた方が良さそうです。
他人が設計して自分が組み立てた椅子の場合・・・上記と同じような慎重さが必要でしょう。
設計も組み立ても他人の場合・・・これはかなり気楽にクレームがつけられます。
 つまり、その椅子の政策に自分が関わっていると、クレームはつけにくくなります。関わりが少ないほどクレームはつけやすい。自分が関わると、自分の責任が発生します。
 加えて言えば、自分が使った時間が長くなると、使い方の問題で寿命が縮んだという可能性が出てきます。ここでも自分との関わりが強くなるほど、クレームはつけにくくなる。
 さらに言えば、使い方の難しいものと、そうでないものでは、また様子が違ってくる。デリケートな素材を使っているのに、そのへんの「使用上の注意」があまりきちんと伝えられなかったら、客としては怒りたくなります。
 見ず知らずの業者が設計製作して一見の客として店で買った新品の椅子が壊れたら、たぶん100人が100人クレームをつけるでしょう。何せその椅子と自分の関わりはほぼゼロですから。

 すると、クレーマーにとって有利な条件とは、次のようなものでしょう。

 その件となるべく関係がないこと。
 その件になるべく責任がないこと。
 その件についての知識がなるべくないこと。

 つまり、無関係で無責任で無知であるほど、クレーマーは有利だということです。


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ssh1019 天才子役に幸あれ [社会]

<ssh590再録> *初出は2013年ころです。

 子どもばっかりですなあ。最近のTV。

 大人の男女はみんな脇役。主役はオトコのコとオンナのコばっかり。ドラマの主役はアイドル、歌番組の主役はアイドル、バラエティはもちろんアイドル、ニュースですらガキっぽい女子アナばっかり。
 と思っていたら、もはやアイドルすら高年齢グループに入ってるじゃないですか。
 現在、ドラマ・バラエティ・コマーシャルで最も脚光を浴びているのは、10歳以下の「天才子役」の皆様。
 今や日本は一大「天才子役」ブームです。

 ま、子役ブームってのは、昔からありました。
 今も昔も、大人は「早熟な子ども」が大好きです。子どもなのに子どもらしからぬ大人っぽさを見せる子どもに、大人はえも言われぬ好感を持つものです。
 戦後日本でそういう好感を最初に独占的に引き受けたのは美空ひばりでしょう。子ども時代の彼女は確かにとんでもなく大人びた歌を歌っています。
 その後もいろんな「天才少年」「天才少女」が芸能界で一世(だけ)を風靡しました。私の記憶にあるのは「黒猫のタンゴ」をヒットさせた皆川おさむあたりからで、以下、NHKの朝の連続ドラマ『鳩子の海』で主人公の子ども時代を演じた斉藤こず恵、フジテレビのドラマ・バラエティで重用された間下このみ、あたりでしょうか。もうちょっと新しいところだと、幼少期の高橋かおりと安達祐実あたりですかね。

 ただ、上記の天才少年少女たちは、その時代にかなり独占的な人気を博していました。同時に活躍する同年代のライバルはあまりいなかった。
 現在は市場には天才子役がいっぱいあふれています。ここはかつての天才くんたちとは様子が違います。
 天才がブームになるほどたくさんあふれているということ自体、論理矛盾ですけど。

 天才子役の皆様方は、なかなかお仕事が達者です。芝居も上手だし、バラエティでも気の効いたセリフを言ってみせます。セリフ覚えなんか相当いいんでしょうね。
 彼ら彼女らは、たぶん学校の成績もいいんでしょう。あれだけ物覚えが速いんですから、小学校勉強なんざ楽勝じゃないですかね。


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